札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「起きなさい。ただ信じなさい。」

更新日:2021.9.21

新約・マルコによる福音書5章35-43節

小林克哉牧師

永眠者記念礼拝の時、信仰の先達たちの存在を覚えています。改めてイエス・キリストを信じ、イエス・キリストに従った人生を歩んだ方々であったことを思います。
会堂長ヤイロは、十二才になる娘が死にそうになったため、イエスさまに助けてもらいたいとやって来ました。家に来て娘に手を置いてやってくださいと頼みます。そうすれば娘は助かると。ヤイロがイエスさまは何をしたらよいかを決めました。神が何をすべきかを人間が決めるのです。ヤイロが主導権を握り、わたしについて来てくださいとイエスさまに願ったのです。家へと急ぐ途中長血を患った女性のいやしのため足止めされます。そこに娘の死の知らせがもたらされたのです。ヤイロは主導権を失いました。どうしてよいか分からなくなったのです。
<死>は本人の問題に収まらず家族全体を支配してしまいます。<死>を前にもうイエスさまに来てもらう必要はないと言う人々がいました。神さまの出番、信仰の出番はここまでと、人間の勝手な基準により、神を計り、神によって可能であることを決めつけ制限したのです。そこにわたしたちの不信仰の罪の姿があります。<死>という現実の中で主導権を失ったヤイロに、イエスさまが語りかけてくださいました。「恐れることはない。ただ、信じなさい」(36節)。その時、すべてが一転したのです。
イエスさまはわたしについて来なさいと言われるのです。イエスさまの主導権のもとヤイロは従って行きます。<死>が支配していると思っていたあの部屋に入っていきます。イエスさまは娘の手を取り、「タリタ、クム」と言われます。すると少女は起き上がり歩き出したのでした。イエス・キリストについて行く者、従って行く者は神の栄光を見るのです。死に勝利される神の栄光です。
ヤイロは<死>の真相を理解していたでしょうか。死とは神の裁き、神の呪いとしての永遠の滅びであると。イエスさまは知っておられました。イエスさまは<死>からの救いをわたしたちに与えるために十字架へと向かわれるのです。死に勝利されるイエス・キリストが言われます。「恐れることはない。ただ、信じなさい」(36節)。信仰の先達の足跡に倣い、ただ信じてわたしたちもついて行きたいと思います。

(2021年9月12日礼拝説教より)

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