札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「すべて神から」

更新日:2021.1.14

コリントの信徒への手紙一11章2-16節

米倉 美佐男 牧師

「いずれにせよ、主においては、男なしに女はなく、女なしに男はありません。」(11節)

この手紙は今日の箇所から新しく大きな問題と取り組みます。ここから14章までは聖餐のこととか異言や預言のこと、 大きな枠では礼拝の問題を取り上げます。今朝はかぶり物を話題にしながら男と女の礼拝時の問題を取り上げます。 コリントの教会の人たちがパウロを大事に思い、彼の言い伝えた教えを守ってくれていることを感謝し、立派だと褒めています。言い伝えとは次回語られる聖餐のこと、受け継いできた信仰告白、そして信仰生活についてです。

朝の出だしではパウロが伝えた教え、それはパウロも伝え受け継いだことであり、コリントの教会員もそれを守ってい たのです。それはいつの時代の教会も大切にしなければならないことです。特に礼拝はみんなのセンスで作り上げていくのではなく、神のみ旨を求め、神の栄光を讃えるために何を受け継いで行くかということです。

パウロの話の根底にあるのは旧約聖書の神の創造の秩序です。男と女の話もそうです。男のかしらとはキリストのこと です。女のかしらは男というのは創造の順番からです。 キリストのかしらは神、すべては神の創造の業なのだと彼は言うのです。決して男が女より優れているという議論ではありません。なぜなら祈ったり預言したりするのも男性の特権でありました。かぶり物をするのは女性に義務づけられたことでした。11節に着目ください、当時としては画期的なことです。パウロは、「主においては、男なしに女はなく、女なしに男はない。」すべてのものが神から出ていると言い切っています。礼拝するのに男も女もない、皆神から出ている、それこそが大事な事です。礼拝にふさわしいことは何かを思うことが常に大事です。私たちにとって礼拝とは何かということをいつも大切にしましょう。 礼拝を献げることは不要不急ではなく、信仰生活に不可欠なのだということを。大事なことはどの場所にあっても教会 に連なっているということ礼拝に出られなくてもそこに連なっていることを忘れないことです。

(2021年1月10日礼拝説教より)

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