札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「土の器にもる宝」

更新日:2014.1.20

コリントの信徒への手紙二 4章7-18節(新P329)

牧師:榮 潤子

キリストの降誕は私達人間の一罪人に対する神様からの喜びの音信(おとずれ)であり、そのため喜びをもって礼拝を守り行事を行なって来ました。この福音は私達信じる者の宝です。
新しい年になってこの福音によって一歩を進んで行きたいと思います。
コリントの信徒への手紙はパウロによって書かれたものです。パウロはキリストを迫害する人でしたが、復活の主イエスに出会い180度の転回をしてイエスを救い主と信じる者、伝道者となりました。彼は多くの人に伝道し、特により広い地域で異邦人に伝道しました。各地に教会の群れをつくり、その指導のため、手紙を書き、旅行して力づけ、励ましました。その間受けた苦難は数知れず、悩み、祈り続けました。パウロは自分の経歴、出身、才能を誇らず、以前は教会を迫害した「土の器」であると言い、その器に「宝をもっている」と表現し、「イエス・キリストを信じる信仰」を自分のより所としました。
私達も同じ信仰を持っています。しかし自分の土の器と認めることはやさしいのですが、「宝」を盛っている点は忘れがちです。

私はこの11月、夫を天に送りました。ここで神様への感謝をもって語らせていただきたいと思います。
夫は1947年のイースターに札幌教会で白戸 八郎牧師より受洗、その時から牧師になりたいと決断しました。両親は本人が吃音であるという理由で反対しました。しかし神学校を受験、2回目に合格。在学6年間、いろいろ努力したにもかかわらず、言葉の不自由は変りませんでした。友人の赴任先が決まっていく中、彼だけ決まりません。そこに奄美伝道に卒業生を送ってほしい、と要請があり、学長先生が推薦して下さいました。「彼は、吃音があるが・・・」と。これに福井 二郎牧師は「伝道は欠けのある者が用いられる」と承諾して下さいました。
私達は結婚して奄美、瀬戸内の開拓伝道に赴任しました。それから休まず語り続けました。日曜学校での話し、大人への説教と。5年後札幌教会の求めに応じ、麻生に赴任し、用いられました。徐々に語れるようになり35才になって普通に語れるようになりました。
「土の器に納めた宝」であることを彼は「神様の不思議なお導き」と言って感謝した生涯でした。

(2014年1月12日礼拝説教より)

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