札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「教会に与えられる平和の実(年度聖句)」

更新日:2024.4.30

使徒言行録 第9章26-35節

小林克哉牧師

主は生きておられます。主は生きて働かれ伝道しておられます。伝道するイエス・キリストに従いついて行く教会、その群れを主は導いておられるのです。そのことに気づかなければ、教会もただの人の集まりでしかないように見えます。しかし、そのことに気づかされるなら、たとえわたしたちが欠けあり弱かったとしても、主への畏れをもって歩むことができるのです。最初の教会は、主が生きて働かれることを深く経験し、それに気づかされながら歩みました。「こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。」(31節)
あの人がああした。この人がこうだ。〝人が〟からは教会の平和は生まれません。〝主が〟です。平和は第一に神との平和です。神を忘れ、神を無視し、神に背いていた人間が、ただイエス・キリストの十字架により罪赦され、神と和解させていただき、神との平和を与えられるのです。〝主が〟パウロを選び十字架により罪赦し神との平和を与えられた。その神さまを信じ従うことができるから、元迫害者のパウロを受けいれることができる。そこから生まれてくる兄弟姉妹の平和があるのです。
今、わたしたちの教会は比較的平和の内に過ごしています。勿論、大変なことがないわけではありません。〝人が〟で考えれば、日本社会と同様少子高齢化が進んでおり、経済的にもゆとりはありません。依然、この日本ではキリスト者は生きにくさを覚えます。〝主が〟に気づけばどうでしょう。毎週のように新来会者が来ています。求道の友、青年たち、子どもが与えられています。礼拝堂まで足を運べない兄弟姉妹のもとに御言葉と聖餐を届けて小さな礼拝がささげられ、慰めが与えられています。
この一年、わたしたちに先立ち伝道するイエスさまに従いついて行きましょう。教会は平和を保ち建てられていきます。主は生きておられます。そのことに気づかされるなら、たとえわたしたちが欠けあり弱かったとしても、主への畏れをもって歩むことができるのです。御言葉により、聖餐により、聖霊の慰めを受け、救われる人々が加えられていくのです。アーメン

(2024年4月21日礼拝説教より)

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