札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「裏切る者への主の愛と選び(ヨハネ37)」

更新日:2022.8.29

ヨハネによる福音書第13章21-38節

小林克哉牧師

イエスさまは弟子の裏切りを予告して、「心騒がせ」(21節)られました。弟子たちを愛しておられたからです。弟子たちは裏切り者の詮索を始めました。思い当たる者がいないのです。愛弟子ヨハネがそっと尋ねます。「イエスは、『わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ』と答えられた。」(26節)イエスさまと食卓を共にしている者、足を洗われ―洗礼を思わせる―、パンを与える―聖餐を思わせる―者。洗礼を受け、聖餐にあずかっている者が裏切るのです。まさか、あの人が・・・・。
イスカリオテのユダはイエスさま一行の財布係でした。財産の管理を任せられていたのです。立派な人、一行の中で信頼され、一目置かれていた人だったでしょう。いかにも裏切りそうな人が裏切っても動揺は大きくないでしょう。しかし、あの人がまさか・・・・。そこに人間の罪の深刻さがあり、サタンの働きがあるのです。弟子たちは気付かない。
イエスさまは言われます。「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」(37節)。ユダが裏切れば殺されるにもかかわらずです。この言葉にはイエスさまがご受難を引き受けられるご意志が感じられます。そして、それと共に、ユダの裏切りがイエスさまの許可の中にある、ご支配(ご摂理)の中にあると言えるでしょう。イエスさまの最後まで徹底して極限まで愛する愛の中に置かれているのです。人は、イエスさまに愛されているその愛の中で、裏切り、罪を犯すのです。
ペトロも同じです。「はっきり言っておく。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしのことを知らないと言うだろう。」(38節)ペトロは離反した時、自分が知られていたこと、イエスさまの愛の中に自分の離反も置かれていたことに気付かされたのでしょう。そしてイエスさまが良い羊飼いとして命を捨てられたことを。
イエス・キリストは裏切ることになると分かっていても、弟子であるイスカリオテのユダを愛し、愛し抜かれました。離反することになると分かっていても、弟子であるペトロを愛し、愛し抜かれました。人は変わり裏切りますが、イエスさまは変わらないのです。アーメン

(2022年8月21日礼拝説教より)

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