札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「神の栄光を現わせ」

更新日:2015.4.6

コリントの信徒への手紙一 6章20節(新P306)

米倉 美佐男 牧師

「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい。」 (20節)

ハイデルベルク信仰問答  第三二日 問八六〜問八七

問八六 われわれが、何の功績もないのに、恩恵によって、キリストによって、救われているとするならば、何故、われわれは、よい行ないを、しなければならないのですか。
問八七 それならば、感謝もせず、回心もしない生活から離れて、神に、立ち帰らない者は、祝福されないのですか。

受難週に入りました。棕櫚の主日から一日一日十字架に向かわれる主イエスの足取りを思いながらこの時を過ごし、イースターに備えます。ハイデルベルクの信仰問答は第三部に入ります。「感謝について」、新しきわざ、ここでは十戒、主の祈りが取り上げられます。

問八六では「新しきわざ」としての「よい行い」が問題にされます。答は、キリストが十字架で、われわれをあがなってくださった後に、聖霊によって神を崇める者として下さり、わたしたちを用いて隣人を、キリストに導くのだと申します。「よい行い」とは、キリストに贖われた私たちが、聖霊の導きによって、真の礼拝者として生かされ、神に祝福された生活によって、キリストを多くの人々に伝えることです。

問八七は感謝もなく、宣べ伝えない、回心もない在り方は、祝福されない、神の国を継ぐことはないと申します。福音を宣べ伝えない者は神の国の一員となることはできないのです。求められるのは回心して神に立ち帰り、神の栄光を現すことです。自分自身の熱心さでなく、神に対する信仰の熱心さが求められるのです。自分の熱心さが主イエスを十字架にかけ、キリストの熱心さが私たちを救ってくださったのです。主を愛するがゆえに私たちは神の栄光を現して生きるのです。

(2015年3月29日礼拝説教より)

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