札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「神に近づく」

更新日:2013.10.21

ヘブライ人への手紙7章11-19節(新P408)

牧師:米倉 美佐男

「この祭司は、肉の掟の律法によらず、朽ちることのない命の力によって立てられたのです。」(7章16節)

詩編110・4によれば、ダビデの末であるメシアは「メルキゼデクの例にならい、とこしえに祭司」と呼ばれています。このメッセージを今、聞いている人たちの中でキリストに対する信仰を止めて、もとのユダヤ教に戻ろうとする危険性を持っている人たちがいました。著者はそれを憂えて、レビ系以外の祭司が必要だと言ったのです。

律法はキリストが来る時までのものであって、絶対的なものはキリストのみです。キリストはレビ系ではない、その主張は、キリストの祭司職はこの地上世界、物質世界でなく永遠の秩序に属することを伝えることでした。古い祭司職の不完全性はアロン系の祭司はどの祭司であっても「とこしえに祭司」とは言えません。彼らはみな死んだのです。しかし、大祭司キリストは永遠のお方です。ただ1度十字架で死なれ、3日目に復活され、今も生きて信じる者と共にいてくださいます。

アロン系の祭司を支える律法は世俗的規則であり、肉の掟です。「あなたこそ永遠に、メルキゼデクと同じような祭司である」。それは律法の廃止を意味します。初めの律法は遅かれ早かれ廃止は必然でした。動物による犠牲儀式では本当の救いは得られません。儀式がどんなに厳粛であったとしても本当の平安はありません。神に近づくこともできません。「しかし、他方では、もっと優れた希望がもたらされた」のです。キリストの十字架と復活こそが本当の救いをもたらす唯一の希望です。私たちはそれによって神に近づくことができた。」のです。大事なことは私たちが近づくのではなく神の方から私たちに近づいてきてくださる事実です。そこに気づく時にかけがえのない福音の豊かさに触れるのです。

(2013年10月13日礼拝説教より)

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