札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「神の慈しみにとどまる」

更新日:2020.3.16

ローマの信徒への手紙11章11-24節 (新約290頁)

米倉 美佐男牧師

「だから、神の慈しみと厳しさを考えなさい。」(22節)

新型コロナウィルス感染症は一週間たっても状況に好転はありませんが、主のご加護を祈りつつ礼拝を厳かに献げたいと思います。
パウロは今異邦人の使徒として働いています。彼はいつも同胞イスラエルの救いを願っています。何とか一人でも多くの者がキリストを信じて救われることを祈っているのです。イスラエルが救いから漏れそうになっているのは、彼ら自身の躓き、不信仰の故です。

けれどもそれによって異邦人に救いがもたらされたのです。そこに不思議な神の御業があります。我らの思いもしない形で神は御業を示される。パウロは異邦人の救いはイスラエルにねたみを起こさせ、彼らが悔い改めるためだと言います。そしてパウロは異邦人の心すべきことを語り出します。自分は異邦人のために使徒として遣わされた者である。それは神によって与えられた光栄であり、あなたがたに伝えたいことはあなた方に与えられたキリストの救いを私の同胞にも与えていただきたいのだと。

さらにパウロにはもう一段階上の願いがありました。それは異邦人もイスラエル(ユダヤ人)もなく皆が救われることでした。彼は死者の中からの命、終末時の復活を意識し、世界の和解を願っていました。初穂としてのイスラエルの救いは不可欠であり、根が聖であるなら当然枝も聖なのだから。そして不要の枝が切り落とされそこに野生のオリーブの木であるあなたがた異邦人が接ぎ木されたのだと。アブラハム以来受け継がれてきた約束をあなたがたも受けている。だから折り取られた枝に対して誇るのではなくアブラハム以来の信仰にその根に支えられていることを自覚して歩みなさいと言うのです。異邦人の救いは新しいイスラエル、新しい神の民即ち教会に受け継がれたのです。

(2020年3月8日礼拝説教より)

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