札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「神の国は義と平和と喜び」

更新日:2020.5.11

ローマの信徒への手紙14章13-23節 (新約294頁)

米倉 美佐男牧師

「神の国は、飲み食いではなく、聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです。」(17節)

「従って、もう互いに裁き合わないようにしよう。」(13節)、信仰の本質的なところでのことならいざ知らず、食べ物や日の理解の違いで裁き合いはもうやめにしなさいとパウロは強く意見を述べました。指導者としての考えでもありましたが、一信仰者としての切実な叫びでありました。神のつくられたものに何一つ汚れたものはない、汚れた、清いなどと思うのは思うその人自身の考えにすぎない。

指摘すべきことが幾つかあります。「それ自体で汚れたものはない」、ここで言う汚れ(コイノス)は俗的という意味ですが、聖い(ハギオス)神のために聖別されたの反対語です。聖別されたものでないから汚れたとされるのであって、どんな食べ物でもそれ自体が汚れているというのではないのです。問題は食べる食物自体でなく食べる人間が問題なのです。それは今のこの時代でも同じです。

こころしなければならないのは弱った者への配慮です。キリストはその最も弱い者のためにも死なれたのです。もちろん私たちのためにも。一人の弱い兄弟を躓かせることはキリストの恵みに対し罪であり愛に欠けているのです。
17節が重要です。神の国は救いの完成の時を強く意識して語られています。主の十字架と復活に出会い、救われた私たちは神との関係を確かなものとして回復させて頂きました。それが義です。そこに平安があり、喜びがあるのです。主が共にいてくださいますから何の心配もないのです。信じていると言いながら不安から脱却できない我らの現実に対して与えられる主の励ましがここにあります。この大きな終末的喜びはまさに聖霊の賜物です。我らの心に聖霊は働きかけ主を信じ告白させてくれるのです。

(2020年5月3日礼拝説教より)

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