札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「まっすぐな道を歩け」

更新日:2014.3.17

ヘブライ人への手紙12章1-13節(新P416)

牧師:米倉 美佐男

「こういうわけで、わたしたちもまた。このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競争を忍耐強く走り抜こうではありませんか。」               (12章1節)
おびただしい証人、口語訳では「雲のような」と訳されています。大勢の信仰の先輩たちが証人として生きてくれたのです。旧約の彼らがキリストの受肉以前のキリストの証人なのです。証人は命をかけて証言するのです。

「自分に定められている競争を忍耐強く走り抜こうではありませんか。」(1節)。著者は信仰の戦いをマラソンのような長距離走に譬えます。ただ早く走るだけでなく苦しさに負けない忍耐が求められるからです。著者は語りかけている人々が、あまりの辛さに気力が萎え、気力を失い、疲れ果て、やる気を失いそうになっている様子を憂えて励ましているのです。弱った時こそ私たちのために恥もいとわないで十字架の死を耐えてくださった主イエスを見つめて歩もうと。主の忍耐が必要なのです。私たちの忍耐は主によって支えられているのです。これ以上走り続けることは苦しくてできないと思う時に、私たちの前を走っておられる主イエスを見つめてついて行くのです。それが忍耐です。

「あなたがたはまだ、罪と戦って血を流すまで抵抗したことがありません。」(4節)何も言えません。ぐうの音も出ません。命をかけた信仰の戦いをしていない。もうやっていられないと敵前逃亡をしかねないような状態の者たちに語ります。現にある過酷な状況を克服していくにはただ一つ、主の十字架を思い、自分の力で戦うのでなく、主の助けによって困難を乗り越えるのです。この苦難は鍛錬です。信仰の訓練、神の教育なのです。私たちは、主に従うことに専ら思いを持つのです。栄の主イエスの十字架を仰ぐのです。世の富や誉れではありません。ちりに等しいものを負うのでなくまっすぐな道、主イエスの道を歩むのです。

(2014年3月9日礼拝説教より)

前のページに戻る