札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「救いは主イエスからのみ」

更新日:2014.8.4

使徒言行録4章12節(新P219)

牧師:米倉 美佐男

「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないのです。」(12節)
 ハイデルベルク信仰問答  第十一聖日 問二九〜三十
問二十九 神のみ子は、何故、イエス、すなわち、救い主(祝福を与える者)と呼ばれるのですか。

主が、われわれを、われわれの罪から救って下さる唯一のお方だからです。
問三十 自分の祝福と救いを、聖人や、自分自身や、その他のところに求めようとする人々でも、唯一の救い主、イエスを信ずることになるでしょうか。
そうではありません。たとえ、主を誇っていたとしても、他の者に祝福、救いを求めることは、唯一の救い主であるイエスを否定することだからです。

キリスト教は一言で言うなら、イエスがキリスト(救い主)であると信じる信仰です。なぜイエスが救い主と呼ばれるのかという問いに対してはイエスは神の御子であり、私たちを罪から救って下さったからだと答えます。それは主イエスだけがおできになることです。イエスという名は(主は救い)です。父ヨセフへの天使の言葉「この子は自分の民を罪から救うからである。」(マタイ1章21節)。

主イエス以外に聖人や自分自身に頼るならばそれは不完全な信仰です。ここには当時のカトリック教会の在り方に対する、プロテスタントの信仰の強い姿勢が見られます。礼拝の対象である唯一の主はイエスだけです。私たちは皆イエス・キリストを信じています。主の与えてくださる救いだけでは満足できない、そのような思いがあるとしたらそれは主を唯一の救い主だと信じていることにはなりません。尊敬の対象であった「聖人」すら礼拝の対象にしてしまう弱さ、愚かさが人にはあります。救いは主イエスからのみ来るのです。

(2014年7月27日礼拝説教より)

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