札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「救い主は慰め拒む者のもとへ(降誕節③)」

更新日:2026.1.5

マタイによる福音書 第2章13-23節

小林 克哉 牧師

「ヘロデは・・・・ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、一人残らず殺させた。」(16節)独裁者による幼児大量虐殺事件、遠い昔の話ではありません。これがわたしたちの生きている世界であり、人間の罪の現実です。
 福音書記者マタイはこの出来事をエレミヤの預言にすでに示されていたことであると言います。「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子供たちのことで泣き、慰めてもらおうとしない、子供たちがもういないから。」(18節)
人に慰められるのを拒むほどの悲しみがあるのです。神はこの人間の罪の現実のただ中に来てくださったのです。慰めを拒む悲しみの中にある人のもとに来てくださったのです。わたしたちと同じ真の人となり、赤子となって来てくださったのです。
イエスさまはこの時、一緒に虐殺されることはありませんでしたが、この罪なきお方は家族にも理解されず、指導者たちから誹謗中傷を受け、遂に弟子たちからも見捨てられ、人々から嘲られ、不当な裁判によるえん罪の死刑判決を受け、十字架で殺されたのです。そのようにして神はイエス・キリストによりインマヌエル(神は我々と共におられる)となってくださいました。この虐殺された子どもたちの先頭におられるお方となり、慰め拒む人と共におられる神となられたのです。
神さまの御心はわたしたち人間の思いや計りをはるかに超え、それを大きくその内に包み込んでくださるものです。わたしたちが経験することはいろいろです。どうしてそんなことがと心痛める出来事があります。そのすべてにおいて、実は人の思いや計り、人間の罪や悪しき力を超えて、神の救いのご意志が貫かれていることを知ることがゆるされているのです。
わたしたちは人間の罪の現実の中を生きていかねばならないのです。しかしイエス・キリストがおられるのです。慰め拒むときにも、神は共にいてくださる神であられるのです。アーメン

(2025年12月28日礼拝説教より)

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