「主のもとに来るのを妨げない(マタイ77)」
更新日:2026.1.26
マタイによる福音書第19章13-15節
小林 克哉 牧師
イエスさまのもとには様々な人々が集まって来ました。その中には子どもたちもいました。小さい子どもは自分でやって来ることはできません。親が望んだのか、親にせがんだのか、親に連れて来てもらったのです。
「そのとき、イエスに手を置いて祈っていただくために、人々が子どもたちを連れてきた。弟子たちはこの人々を叱った。しかし、イエスは言われた。『子供たちを来させなさい。わたしのところに来るのを妨げてはならない。天の国はこのような者たちのものである。』」(13-14節)
イエスさまは子どもたちを来させなさいと言われます。来ても来なくてもどちらでもよいと言われるのではないのです。来させなさいです。
弟子たちがなぜ叱ったかはっきり記されていません。おそらくイエスさまが説教をしておられたのでその邪魔になると思ったのではないでしょうか。礼拝のため伝道のためにとよかれと思って叱ったのです。どうせ子どもたちにはわからないと考えたのかもしれません。
いったい誰が天の国へ招かれるのにふさわしいのでしょうか。当時のユダヤ人なら律法を遵守する義なる人と答えたでしょう。それは子どもにはできないことでした。信仰はおとなの問題であり子どもにはまだ早いのでしょうか。救いは子どもには必要ないのでしょうか。わたしたちもあの人には信仰や救いはいらないと勝手に決めつけていないでしょうか。夫には、妻には、子どもには、友人には?
イエスさまは「妨げてはならない」と言われます。子どもたちも、あの人も、わたしたちをも天の国へ招いてくださるのです。そして妨げになるものを取り除くため立ちはだかり戦ってくださるのです。何ができるとか、ふさわしいとか、それらの妨げも取り除いてくださるのです。何よりも妨げとなっていた罪のため十字架で戦ってくださったのです。十字架のイエス・キリストによって天の国、救いが与えられるのです。アーメン
(2026年1月18日礼拝説教より)
