「クリスマス―宝物をあなたへ―(降誕②)」
更新日:2026.1.5
マタイによる福音書 第2章-12節
小林 克哉 牧師
クリスマスは「クリスト(キリスト)」+「ミサ(礼拝)」で「キリスト礼拝」を意味します。ルカ福音書は羊飼いたちの礼拝、マタイ福音書は博士(学者)たちの礼拝をクリスマスの出来事として伝えています。「イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方から来て、言った。『ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。』」(1-2節)
「占星術の学者」はマゴイ(マゴス)という字で元々はペルシャの祭司階級を表し、東方の精神的エリートを指す言葉として用いられていました。星の観測をしていた天文学者(占星術)、ある人は錬金術師だったと言う人もいます。ある物を金に変えるため実験と研究を重ねる意味で科学者でした。
この人たちの目的は礼拝でした。預言の御言葉と星に導かれイエス・キリストのもとへと辿り着きます。「東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。」(9-11節)
この人たちが錬金術師だったなら、実際は人々の前である物を金に変える手品をして学者としての尊敬を集めていたようです。そのために必要な黄金は商売道具でもあり、嘘やいかがわしさの中で手に入れた宝、それなしに今の自分はないし生きていけないと思っていたものだったのです。
この学者たちと同じように、わたしたちの人生もごまかしや偽り、罪の上に成り立ち、そこで宝を得ているのかもしれません。わたしたちが神の御前に携えて来ることができるものは、人生で手に入れたそのような宝ではないでしょうか。その宝を献げるのです。イエスさまは受け取り、わたしたちに新しい生を与えてくださいます。そこにキリスト礼拝としてのクリスマスの姿があるのです。アーメン
(2025年12月21日礼拝説教より)
