札幌教会・日本キリスト(基督)教団・プロテスタント教会

北海道札幌市中央区にある伝統的な教会

聖書のお話し

「聖霊が注がれるとき(ペンテコステ)」

更新日:2025.6.16

使徒言行録 第2章1-13節

小林克哉牧師

聖霊が注がれ、聖霊に満たされると人は変えられます。神のこと、その救いについて語り出し、証しし、賛美するようになるのです。
ペンテコステ(聖霊降臨祭)はクリスマス、イースターと共に、教会が大切にしてきたキリストの教会の誕生を祝う時です。しかしただ教会が誕生しただけではないのです。神は教会を誕生させ、その教会を通してすべての人々に神の愛と救いを与えようと福音伝道を開始されたのでした。ペンテコステは世界伝道開始の記念の時でもあります。
ペンテコステの日、神から聖霊が弟子たちに注がれ、弟子たちは聖霊に満たされました。「すると、一同は聖霊に満たされ、〝霊〟が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した。・・・・(人々は言った)『彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。』」(4,11節)ただ神の力や愛が弟子たちに与えられたということではなく、イエス・キリストによってわたしたちのただ中に来てくださった神が、聖霊として来てくださる出来事が起こったのです。
イエス・キリストとしてわたしたちのただ中に来てくださった方は、ペンテコステの日、聖霊として来てくださったのです。そしてキリストの体である教会を通し、それ以来地上から離れることなく、今も生きて働いておられるのです。
人が「わたしが」とか「あの人が」と人間を主語にしてしか語れないとき、ぶつかり合い、分断が起こり、またいびつにも人が人を支配することになってしまいかねません。しかし、聖霊に満たされるとき人は変えられます。「神が」と語り出すのです。神を主語にして、人は初めて言葉や違いの隔てを超え神により一つとされることができるのです。
2000年前エルサレムから始まった世界伝道、キリストの教会は150年前この札幌の地でも語り出しました。主は生きておられます。イエス・キリストとして来てくださった神は、今聖霊として到来し教会を、わたしたちを通してこの町で語り続けておられ、救いの御業をなしておられるのです。アーメン

(2025年6月8日礼拝説教より)

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